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GOYA ゴヤ-光と影-



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フランシスコ・デ・ゴヤ
FRANCISCO DE Goya

フランシスコ・デ・ゴヤ自画像スペインの偉大な画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746〜1828)は厖大な量の作品を残した。油絵のみならず、壁画、版画デッサン類を含めれば3,000点近くになろう。しかもその生涯が82年にも及んでいる事から、晩期バロック、ロココ、新古典、ロマン派、更に民衆版画等の多彩な影響を消化しつつも決してどの流派にも属さず、敢えてイベリア土着の、というべき独創的な絵画世界を築いている。
「ベラスケス、レンブラント、そして自然が私の師である」
「もう人が羨むような生活をするようになった…しかし自由な時間が欲しい」




  ― Luz 光 ―


カルトンの時代
La Epoca del Carton (1775〜1792年 作)

サンタ・バルバラ王立綴れ織工場の為の原寸大下絵(カルトンと呼ぶ)の仕事は、1792年アンダルシア旅行中に病に倒れる迄ゴヤの重要な仕事となり、約60点余り制作した。これらはマドリッドでの生活風景をピトレスクに描き、庶民と貴族が一体となった生への素朴な喜びを表している。そこには当時流行のサイネーテ(笑劇)やサルスエラ(軽喜歌劇)、又トナディージャ等の反響が伺える。しかしカルトンを元に織り上げたタピストリーはパルドやエスコリアルの王宮食堂。寝室、政務室を飾った物である事を考えれば、民衆のエネルギーと同時に王制の没落も予告しているのである。

藁人形遊び
マンサナレス湖畔での踊り 葡萄獲り
マンサナレス湖畔での踊り
Los Manzanales
葡萄獲り
La Vendimia
藁人形遊び
El Pelele


「裸のマハ」と共に蠱惑美溢れるこの名画は女の情熱というか、性そのものを露骨に発散させる。絵の作者は1814年、今日風に云えば猥褻罪で宗教裁判所から告訴された。この強烈な個性を持つマハは、モデルをアルバ公爵夫人と直接に結び付ける事が難しいとはいえ、“スペインのヴィーナス”と讃えられ、1802年40歳の若さで急逝する彼女への遥かなオマージュと思えてならない。

着衣のマハ

着衣のマハ
La Maja Vestida(1800年頃 作)


  ― SOMBRA 影 ―


鰯の埋葬 労働の神聖さを描いた後、抑圧されていた民衆のエネルギーはカーニバル最後の一日、灰の水曜日に催される鰯の埋葬で爆発する。
鰯の埋葬
El Entierro de la Sardina(1812〜1819年頃 作)


対ナポレオン独立戦争が終わると、ゴヤは“ヨーロッパの暴君に対する我が国民の英雄的行動と栄光反乱”を2大作品に永遠化した。プエルタ・デル・ソルに於ける市民の蜂起。その夜彼らはモンクロアの丘で銃殺刑に処せられれ。この2枚ほど近代スペインの混乱と宿命を象徴的に抽出しえた例はない。5月3日はゴルゴダの丘でキリスト碌刑に似て、左奥に居るのはマリアであろうか。

マドリッド1808年5月2日/マドリッド1808年5月3日
マドリッド1808年5月2日 El 2 de Mayo de 1808 en Madrid (1814年 作)
マドリッド1808年5月3日 El 3 de Mayo de 1808 en Madrid

写真/スタッフテス

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